読書メモ 苦役列車

読書メモ  2022年2月

苦役列車 西村賢太 2010年

https://www.amazon.co.jp/dp/4101312842

 

2月5日に作家の西村賢太さんが54才で急死されました。親交のあった作家石原慎太郎さん(享年89)が1日に亡くなったのを追うかのようでした。作品を存じ上げなかったのですが、彼らしい亡くなり方との評に興味を持って第144回芥川賞受賞作「苦役列車」を読んでみました。

 中卒で家を出て日雇い労働で生計を立てる19才の貫太の生活、専門学校生日下部との出会いと別れが描かれます。

 

 面白くて2,3時間で一気に読んでしまいました。感動というよりは共感と怖いもの見たさに似た興味を感じる中編です。心理描写には深い共感を、生活描写には軽いショックを覚えました。著者の実体験なのだろうと思わせるリアリティです。性や排泄の描写、言葉遣いなど人によっては不快に思う表現があるので注意。全体的にダークです。

 

【以下ネタバレ】

 

  全く違う環境にいる自分ですが、主人公の、プライドや諦めのために上手くいかない焦燥感、自己評価が低い反面他人を僻んで人間関係を壊してしまって自己嫌悪に陥る様子など、まるで自分を見るよう。わざわざ人に言わないだけで人間誰しもこんな経験があるのでは。隣の芝生は青いものですが、主人公が僻むさわやかスポーツ青年の日下部くんだってそんなことはあるのかもしれません。あ、しまった、と思って学んで進路変更していけば良いのです。

 

   驚いたのは主人公の生活ぶり。中卒で求職することの厳しさや、意外に秩序のある日雇い仕事の環境です。ほとんど無条件で誰でも雇ってもらえるようですが、真面目に働けば評価され見返りがあります。後の時代では真面目な外国人が集まって来たであろうことが想像できます。(フォークリフトの免許を取得させてもらうことができ、手当や食事も良くなる。)

 

 母親からお金をせびっていますし社会保険も負担していなさそうなので厳密には自活ではないですが、それほど必死で働かなくても生きてはいけることにも驚きます。作者は1967年のお生まれですから1986年ごろの話とはいえ、こんなに家賃が安いところがあるとは東京は暮らしやすいところです。(文中に出てきた最安値は月8000円。なお日下部くんの住むワンルームは6万円。)しかも家賃を溜めたら踏み倒して引っ越すということが何度も行えるということは選択肢も多いのでしょう。ホームレスよりはかなり手前ですが底辺に近いかと思われる、でも居酒屋に行ったりお刺身食べたり意外に豊かな生活が描かれます。「山の人」に紹介された木賃宿になんか泊まりたくないとの発言があるので、山谷のドヤ街をかなり下に見ているのが分かります。しかしこのまま無為に年を重ねて行ったら身体を壊して働けないことも増え、結局山谷に流れて生活保護のお世話になることになるだろうにと不安になります。

 

 家庭環境がそこまで劣悪ではないのに中卒で家を出てしまったのはどうしてなのでしょう。就職も大変そうですし、まだまだ世間知らずの子供。結局劣等感を抱いているようなので、何かに弟子入りして道を極めたい等でないなら高校は行けば良かったのにと思います。進路や学習態度について深く介入したり説得したりすることが親にも学校の先生にもできなかったのは不幸に思います。(実際はしたのではと思いますが本人には受け入れられなかったのでしょうね。)アルファベットも覚えられないなどとの描写がありますが、この人が頭が悪いとはとても思えないのでこれはやる気の問題。まだまだ子どもの中学生、親や周りがうまくおだてたりすかしたりして勉強させれば違ったと思います。

 ただ、きっと母親は生活立て直しで大変だったのでしょう。このあたりの事情には本当に同情します。また、母親も短気で暴力に訴える人だということは言葉を尽くして説得するようなことは苦手だったのかもしれません。仕事するにしても親元に住めばいいのにとも思いますが、ここには描かれていない何らかの軋轢があったのでしょうか。恐喝の結果とはいえお金を都合してくれる母親ですから、息子のことは心配していたはず。(1円も渡さずに追い返すこともできますから。)人格形成期にコミュニケーション能力を磨くことができずに友達ができず、親や周りの大人に頼れないと思い込んでしまった状況など、こちらも共感を覚えます。

 

 未成年なのにタバコに酒に風俗通い…こんな生活していて大丈夫だろうかと主人公が心配になりますが、その後小説家として身を立てる片鱗もそこここに描かれていて救われます。焦燥感や僻みを燃料にしてここから頑張って欲しい、と応援したくなります。なんといってもまだ若いんですから。

日下部くんに借りたお金は、ちゃんと返せたのでしょうか。返さなかった可能性が高そうですが、細々とでも交流を続けられたことには希望を感じます。

 

 同じ本に続けて収録されている短編はその20年後と思って読んでしまいました。こちらは別の作品というより後日譚でしょうか。相変わらず不健康ではありますが生活が大幅に改善し、夢も生きがいもあって安心します。

 

【単語メモ】

 

のうじつ(嚢日) 昔、その時

あきたらない(慊い)←飽き足らない 十分でない、満足できない

はじめまして

はじめまして、転勤族の妻、通訳のKatieです。

 英語通訳のお仕事をぽつぽつといただいているもののまだまだ勉強中。通訳学校の先生に、アウトプットの練習として文章を書くことを勧められブログを始ることにしました。英語学習、転勤、読んだ本などについて書いていきたいと思います。

 通訳は英文和訳のような逐語訳ではなく、ある程度内容をまとめる必要がありますが、これが意外に難しいのです。まずは自分の考えをまとめて表現するトレーニングになればと思います。

もう一つの目的は生活の記録を残すことです。

40歳を過ぎ、日々記憶力の低下を感じます。夫と昔の旅行の話をしても二人とも細部があいまい。せっかく体験した楽しかったことや感動したことを忘れてしまうのはもったいない!文字にすることで単なる体験を後々生かせる経験にしていければと思います。